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禁煙と日々の雑記

禁煙継続中です

ブログの更新はさっぱりですが禁煙は続いています

肺癌6

心肺蘇生を希望するかしないか、結論が出ないまま父の所へ戻ると意識が戻っていた。
医師からの話をザックリと説明し、先ずは肺の炎症を直そうと伝えた。
私の話には小さく頷くだけだったが、話が一通り終わると何か伝えたい事がある様子だった。
耳を近づけると、
「お母さんの事よろしくお願いします」
と掠れた声を絞り出した。
私は父の手を握り頷く事しか出来なかった。
それから意識が戻る事はなく、3日後に父は亡くなった。

肺癌5

リカバリー室という部屋で酸素吸引とか点滴とかしながら父は寝ていた。
主治医から話があるとの事で、母、姉、私の3人が個室に呼ばれた。
私も少し動揺しており、正確な内容は忘れてたしまったが、

水が溜まっていない方の肺が炎症を起こしていてる。

ウイルス性のものなら抗生物質が効くが駄目なら他に有効な手段がない。

炎症の影響で心臓に負担がかかっている。

とにかく非常に危険な状態で、いつどうなるか分からない。

というような事を言われた。
そして更に容態が悪化して危篤状態になった場合、心肺蘇生を行うか行わないか決めてほしいと言われた。
ステージ4で危篤状態になり心肺蘇生をしても、人工呼吸器を外せず、意志の疎通は無理である可能性が高いとの事。
家族で半日話し合ったが、結論は出せなかった。

肺癌4

仮退院中の喫煙の影響なのだろうか、父の肺には再度水が溜まっており、治療は振り出しに戻ってしまった。
それでも3週間程経過し、また仮退院する事が出来た。
この頃の父のレベルは、前回の仮退院時と比べて明らかに落ちており、こんな状態で仮退院していいのだろうか、と感じたのを覚えている。
もう先が長くないから最後に家へ帰らせてあげよう的な病院の配慮なのか…。
姉と私で可能な限り様子を見に行ってはいたが、父と2人暮らしの母は、
「正直言って入院しててくれた方が安心。1人の時に何かあったらどうしよう…。」
と不安な気持ちで一杯の様子だった。
そんな母の不安は現実となり、仮退院の7日目、父は自宅で意識を失って倒れ緊急搬送されたのだった。

肺癌3

入院して2週間程経ったころ、肺の水が少なくなったとの事で、医師から5日間の仮退院許可が下りた。
病院は退屈、ご飯が不味いと不満を漏らしていた父は、家に戻ると嬉しそうにしていた。
しかし、家で見る父は病院で見るよりも痩せて、顔色が悪く見えた。
口数も少なく、母の手料理にも殆ど手をつけていなかった。
後になって分かったことだか、この仮退院時に父は隠れてタバコを吸っていたらしい。
その影響もあったのか、病院へ戻る日には歩くのもやっとだった。

肺癌2

父の肺に出来た腫瘍は大きく、他の臓器への転移はないが、切除する事は困難な段階だった。
まずは肺に溜まった水を抜き、体力の回復を待って、抗癌剤治療をやっていきましょうと説明を受けた。
ステージ4と診断されても、抗癌剤治療を続けながら普通に生活している人も沢山いると聞き、家族協力して頑張ろうと話し合ったのだった。

肺癌

今まで何度も禁煙を試みた。
その殆どが1日未満で終了していたので、今回は順調な滑り出し。

本格的に禁煙を始めようと思ったきっかけは、実父の死である。
父は体調を崩し入院した時には末期の肺癌、ステージ4だった。